テレ朝・三谷紬アナの大学時代が衝撃!教授プロデュースの「女子アナ修行」とは?
三谷紬の女子大生だったころが知りたい!
大学生のころ
先生のすすめで就活はショートカットに。おもしろキャラもショートなら許されると(笑)。
Check!01
家族ぐるみの大学受験
夢はマスコミに入ってサッカーに携わること
私はサッカーが大好きなので一番はテレビ局、または新聞社やスポーツを扱うWeb媒体に就職してサッカーに携わることが夢でした。高校3年で受験校を悩んでいた際に、母が名古屋でアナウンサーをしている友人に相談をしてくれて、「法政大学の稲増ゼミと自主マスコミ講座がいいよ」とすすめられたんです。
すぐに父がインターネットで調べたら、法政には社会学部メディア社会学科というメディアやマスコミについて勉強できる学科があるとわかりました。当時は見栄もあり、本気で慶應をめざしていたのですが、成績が到底追いつかず......(笑)。縁あって法政大学社会学部に入学しました。
Check!02
サッカー一色のサークル生活
高校時代にできなかったマネージャーを体験!
私が入ったサッカーサークルは神奈川の強豪、法政二高出身者がほとんどで、他にも「○○高で00番をつけていた人だ! 」ってすぐにわかる高校サッカーで活躍した選手がゴロゴロいたんです。みんなものすごくサッカーが上手で目の保養でした♡
私は中高一貫の女子校でマネージャー経験がなかったので、1年のころは水やタオルを渡したり、夏はかいがいしく塩レモンを作って持っていったりしました(笑)。全国大会に出られるくらい強いチームだったので、選手権に憧れていた私からすると、サークルでも全国大会に連れていってもらえたのはすごくうれしかったです。
プレーしないのにレッドブル
日焼けは気にしていました(笑)
Check!03
念願(?)のゼミ生活
2年生はゼミ三昧の日々合間にバイトもしました
実は稲増ゼミは2年生のほとんどをゼミのために使わないといけないくらい忙しいゼミでした。映像製作に特化して全員がMacBook Proと編集ソフトを一式買い、それを持ち歩いていました(笑)。
テレビ番組の3DCGを全部自分で作ったり、先生が持ってきた本を映像化したり、「この曲のミュージックビデオを作りなさい」みたいな課題を出されることが多くて。映像のセットも自分たちで作るからお金もかかり、大好きな「赤から」でバイトをして生計を立てていました。
サークルの先輩たちも稲増ゼミの忙しさは知っていて「来られるときだけおいで」と言ってくれました。大変だけど楽しかったし、アイディアや発想力はゼミで培われたかなと思います。
映像の編集で引きこもることも
青文字系女子でした
Check!04
教授プロデュースのアナウンサー修行
木曜日だけアナウンサーらしいファッションに
なぜか稲増先生は「君は見た目はヤンキーみたいだけど、アナウンサーに向いている。僕は君をアナウンサーにするのを目標にしようと思う」と言ってくださったんです。
しかもゼミ初日に「アナウンサーっぽい格好で来てください。そうじゃないと入ゼミは断りま す」と言われました。当時の私は青文字系のぺこ&りゅうちぇるさんみたいな感じで。すぐに母に連絡したら「大変だ! 」と服を見つくろって買ってきてくれました。
その後 、ゼミがある木曜だけワンピースにカーディガンを羽おって大学に行くのを続けたら、そんな服を着る自分にも慣れてきて。次は「ギャルじゃない話し方にしよう」と、先生に次々と教育していただきました。
木曜だけアナウンサー風
今も気にかけてくれる先生
Check!05
推しに会い楽しめた就活
サッカー実況の「神」に会えてうれしかった
就職活動が始まり、テレビ朝日のセミナーに来たら、たまたま担当のアナウンサーが田畑(祐一)さんだったんです! 田畑さんは2004年アジアカップで実況を担当した方で、私にとってはサッカー実況の神様でした。
しかもアナウンサーのセミナーには自分の映像を入れたメモリをくださるんですが、それを田畑さんが手渡してくれて、うれしすぎて握手してくださいと言ってしまいました(笑)。各局に推しの実況アナがいたので、会えるのがうれしくて! 抑えきれなくてはしゃぎましたけど、テレビ朝日には、ある意味サッカー愛が伝わったのかなって思っています(笑)。
就活用に父が撮った写真
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