【櫻井優衣】厳しい言葉すらも力に...!FRUITS ZIPPERになるまでの“10年間”をフカボリ

アイドルとして次々と自分の夢を叶えているRay㋲・櫻井優衣。そんな彼女の心を突き動かすものとは...?今回は、アイドルを目指すことになった中学生時代から、FRUIT ZIPPERのメンバーになるまでの“10年間”をフカボリします。アイドル・オブ・アイドルを形作った下積み時代とは...?
アイドル・櫻井優衣のサクセスロングインタビュー
グループでの東京ドーム公演、ソロライブの成功 etc.
アイドルとして次々と自分の夢を叶えている櫻井優衣。その心を突き動かすものとは……?
過去を振り返りながら、たっぷりと語ってもらいました。
目標に向かってただ進むそんな10年間でした
実際にアイドルをめざし始めたのは中学生になってから?
「中学に入ってからも歌とダンスへの熱意は変わってなかったけど、自分が芸能人になれるなんて最初は思えなかったんです。ただ、現実として歌とダンスをがんばれていることが楽しいだけ。
でも、自分のまわりにアイドルになりたいコや芸能をめざすコたちが増えて、みんながなにかしらのレッスン生になり始めて。スケジュール帳に“レッスン”とか書くんですよ。
それがなんだかカッコよくて(笑)。私も“レッスン”って書きたいし、言いたい!と思ったことで芸能という世界に現実味が増して、まずは『レッスンと手帳に書くこと』がひとつの目標になったんです。
それでいろんなアイドルのオーディションを受けるようになって、中学2年生のときに初めて受かったんです」
家族は反対しませんでしたか?
「私が小さいときから飽きもせず毎日のように歌って踊っているのを知っていたから、反対しませんでした。
うるさいって注意されても私、やめなかったし、1日何時間も続けているから、お母さんは『このコは目標を決めたらやり切るコ』って理解していたと思う。
あきれてもいたと思うけど、応援してくれていたので、オーディションに受かったときは一緒に泣いてくれました」
そこから優衣ちゃんのアイドル活動は始まったと思いますが、ターニングポイントや辛い壁はありましたか?
「いっぱいありましたよ!何回もターニングポイントを迎えてはそのたびに成長させてもらったし、辛いことを乗り越えるたびまた辛いことはやってくるから、目の前の壁をとにかく乗り越えて進むしかありませんでした。
年令を重ねるにつれて選択肢もやっぱり狭まっていくし、辛いことや悲しいこと、悔しいことも多くなっていったけど、それってお仕事でしか消化できないんですよね。
高校の進路相談で先生に『芸能界はひと握りしか成功しない』と言われたときも、自分がそのひと握りになれるとは思ってないけど、アイドルを目標にして私は一生懸命にできることをやっているだけ。
先生にはそんな私の気持ちをわかってもらえないから、その言葉すら力に変えて成功するしかないと考えていました。
私は目標に向かってまっすぐがんばり続けることしかできないし、それが自分の好きなやり方だからFRUITS ZIPPERになるまでに10年という時間がかかったけど、こうして皆さんの前に立てるようになるまでに必要だった時間がこの10年だったんだろうなって今はすごく思います」

撮影/菊地史(impress+)スタイリング/伊藤ミカ ヘア&メイク/アサダマユコ モデル/櫻井優衣(本誌専属)取材・文/アンドウヨーコ
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