彼女の家にお邪魔したら、スピリチュアル家族だった話
彼女の家にお邪魔することに
「今度ウチに遊びに来ない?」と彼女のまさみが突然言い出した。
彼女がまさか家族に俺を紹介してくれるなんて……
まさみもちゃんと俺との将来を考えてくれているのかもしれないと嬉しくなった。
そして訪れたまさみの実家に行く当日。
まさみのご両親に変なヤツだと思われないように、スーツを新調して気合を入れていた。
「りょうた!そんな緊張しなくて大丈夫だよ〜」
まさみはいつも通りのやさしい笑顔でそう言った。
そう言われても初めて彼女の両親に会うのだから、緊張するに決まっている。
俺は背筋を伸ばし、気合を入れて玄関を開けた。
「いらっしゃい、どうぞ〜」
まさみの母はまさみに似たやさしい笑顔だった。
家に入るとそこにはなんと…
「お邪魔します。」
家に入ったらまずお土産を渡そう。そのあと自己紹介して、お忙しいなかお時間いただきありがとうございます、と言おう。頭のなかで何度も繰り返していた。
「えっ」
繰り返したシュミレーションも、なにもかもが吹っ飛ぶほどの衝撃だった。
なんと玄関には、大量のお札に水晶、謎の壺など、スピリチュアルなグッズで溢れていたのだ。
驚いた俺に気づいたまさみの母が
「あぁ、これ?風水的に良いのよ!よかったらりょうたくんにもどうぞ!」
「え?あ、はあ……」
初めて会った彼女の家族を拒否できない俺は、言われるがままお札を受け取った。
そしてまさみのお父さんに挨拶
玄関を上がり、リビングに通される。
まさみの父がソファに座っていた。そのとき、お土産を渡すのを忘れていたことに気づいたのだ。
「初めまして、まさみさんとお付き合いさせていただいている酒井りょうたと申します。こちら地元の名産品で……よかったらどうぞ」
やっとシュミレーション通りのことを言えた俺はホッとした。
「あぁどうも、君がりょうたくんだね。まさみから話は聞いていたよ。思った通りの好青年だ」
まさみの父もやさしそうな人だった。
「君はきっとまさみにふさわしい男だ、違いない。そうだ、君をまつりさまに見てもらおう」
「ま、まつりさま……?」
あまりにも唐突で俺はうまく返事ができなかった。
「まつりさまはね、いつも私たち家族をいい方向に導いてくれるの」
まさみがそう俺に説明する。
まさみってこんなことを言う子だったか?俺はまさみが少しこわくなっていた。
「善は急げだ。今からまつりさまのところに行こう」
まさみの父がそう言った。あまりの展開の早さについていけず言われるがまま、俺はまさみの父の車に乗ったのだ。
たどり着いたのは補正されていない山奥…
気付くと住宅街だったまさみの家から、周りが木で覆われた山奥へと景色が一変していた。
俺はこれからどうなるんだ?なにか変なことをされるのではと不安が頭をよぎった。
「もうすぐだ」
まさみの父がそういうと、突然民家が出てきた。
車から降りると、民家から40代くらいの男性が出てきたのだ。
「よくきたね」
男性がそう言うと、まさみの家族が一斉に膝を地面につけ
「まつりさま、光栄なお言葉感謝いたします」といった。
そしてまさみの父はまつりさまという男に札束を手渡していた。
異様な光景に呆気を取られた俺は、なにもできずに直立するしかできなかった。
「君は……」
とまつりさまが言うと
「まさみとお付き合いしている男です。この男がまさみにふさわしいか、まつりさまに見ていただきたく本日足を運んだ次第です。」
「そうか…君、こっちへ」
俺は言われるがまま、まつりさまの方へと近づいた。
すると、まつりさまはなにやらお経のようなものを唱えた。その間、まさみの家族も一緒に唱えていた。
「ハッッッ!!」
声と同時にまつりさまは俺の背中を叩いた。
「いっっった!」
あまりの勢いに声が出てしまった。
謎の占いの結果は…
まつりさまは「わかったぞ……」と言いながら、目を細めた。
「この男は彼女にはふさわしくない……」
「なんてことだ!」まさみの父と母は泣き崩れた。
「で、でも!なにか救いの手だてはあるんですよね!?」とまさみが言う。
正直俺はもう呆れていた。なんだこの茶番は……と映画を観ているかのような気持ちになったのだ。
「救う方法はたったひとつだけある」
「それはなんなんですか!?」とまさみの父と母が必死に聞いていた。
「……滝行だ、滝行をしなさい。そうすればこの男の邪気は払えるだろう」
「た、滝行!?」
俺は驚いた。滝行なんてテレビタレントしかやらないものだと思っていたからだ。
「滝行を週に2回やりなさい。この山道を抜けると神聖な滝がある。邪気を払うのは早いほうがいい。今からやってきなさい」
まつりさまはそういうと、白装束を渡してきた。
滝行を強いられそうになり…
なんでこんな真冬に滝なんて……!冗談じゃない!
「まさみ、申し訳ないけど俺こんな茶番に付き合ってられない」
「どうして!?将来は結婚も考えてくれてると思ってたのに!」
「まさかこんなことになるなんて、俺も思っていなかったよ……俺はまさみのことが好きだけど、こんなスピリチュアルで馬鹿げたことには付きあってられない」
「貴様!まつりさまの前でなんてことを!」
まさみの父が怒鳴ってきた。俺はもう早くここから抜け出したかったのだ。
「やはり、邪悪な者は邪悪……愚か者め……」
まつりさまがそう言うと、俺は鼻で笑った。
「馬鹿馬鹿しい」
俺はそう言い残しその場から立ち去った。山を降りるのには、3時間近くかかっただろう。
もはやこれが滝行より険しいのでは?そう考えると、少しおもしろいと思ってしまった。
この出来事がきっかけで俺とまさみは別れた。
まさみは今もあのまつりさまとやらに振り回されているのだろうか……。
少しかわいそうな気もしたが、俺は前を向いて歩んでいくことにした。
文章/いしいかのこ