「恋愛対象は女の子」そんなに変なことですか?とある女子大生の物語<前編>
私が誰とも付き合わない理由
「ねえねえ、1年生? もしよかったら連絡先交換しない?」
「ごめんなさい……」
大学入って何回このくだりした? もううんざり。お願いだから友達と一緒にいるときに話しかけて来ないでほしい。
私、リンはこの春、地方から東京の大学に進学した。
自分で言うのもなんだが、中高のときもモテてきたほうで、大学に進学してからは毎日のように男性に声をかけられるようになった。
正直に言うと、自分は顔もスタイルもいいほうだと思う。
男性から言い寄られることも多かったが、私は彼らの告白に対し、首を縦に振ったことは一度もない。
「ちょっと! リン聞いてる?」
「え? あ、ごめん聞いてなかった。何?」
「だから、なんでリンはそんなにモテるのに彼氏いないの? さっきの人だって結構イケメンだったじゃん」
「んー、あんま欲しいと思わないんだよね」
アヤに悪気はないと分かっていても、もうこの質問にはうんざりしていた。
いつも笑って同じ返答をするだけ。
私は今までに一度だけ、恋をしたことがある。
そして、私はその時初めて『自分の恋愛対象が女』であるということに気が付いた。
男子に告白されても、好きになったり、付き合いたいと思ったことがないのだ。
「あ、そーだ! 今日新歓あるんだけどリンも一緒にいかない?」
「合コンかあ……」
「行こうよ〜。ね、お願い!」
「アヤがいうなら……」
気が向かなかったが、私はアヤの勢いに飲まれてしまい、新歓に行くことになった。
女子が好き、なんて言えるわけない。
「ねえねえリンちゃんは今彼氏いないの?」
「いないです」
「えーなんか冷たい。もっと仲良くしよーよ♡」
酔っぱらってる男ほどめんどくさいものはない。早く帰りたい。
でもみんな楽しそうだし、もうちょっといるか…。私はめんどくさい先輩の相手をしながら周りを見渡した。
すると、ひときわ目立つ、かわいい子がいた。
つややかなショートの黒髪に、白くて小さな顔、大きな瞳。誰から見ても「美人」といわれるような顔立ちだった。
1年生らしい彼女は私と違って愛想もよく、男の先輩たちに囲まれながら楽しそうに話していた。
「なに? カオルちゃんのこと気になるの? かわいいよねーカオルちゃん。でも俺はリンちゃんのほうがタイプだけど♡」
先輩が私の目線に気づき、そう話してきた。
どうやらあのかわいい子は『カオル』というらしい。
見つめすぎて目が合ってしまったその瞬間、彼女はニコッと私に向かって微笑んだ。
恋に落ちそうになった。
こんな感情になったの、いつぶりだろう。
<2日後>
「ねえ」
私が一人で学内を歩いていると後ろから大きな声な声が聞こえた。
振り返るとそこには、カオルがいた。
まさか私ではないだろうと思い、また戻って歩き出そうとしたが、またも呼び止められた。
「ちょっと、どこ行くのよ」
「私ですか……?」
「あなたしかいないでしょ! ねえ、名前教えて」
まさかあのカオルが私のことを憶えているとは思わなかった。新歓以外では会ってないし、きっと学部も違うだろう。しかも、呼び止めるほどの用事が思い当たらない。
「リンです…」
「ちょっと話したいなと思って。よし、あのベンチ座ろ」
強引に、近くにあったベンチに座らせるカオル。
「話って、なんでしょう」
「もしかして、リンちゃんって女の子が好き?」
「え……」
私は思わず止まってしまった。
なぜバレたのかという驚きと、言いふらされるのではないかという不安が同時に押し寄せる。
「な、何言ってんの。そんなわけ……」
私はまた笑ってごまかそうとしたが、カオルにはその嘘さえ見破られた。
「私そういうの分かっちゃうタイプなんだ」
新歓のときは可愛く見えたカオルの笑顔が、今では悪魔の微笑みに見えた。
ああ、これ以上あがいても無駄だ。
「そうだよ。そんなこと知って、どーすんの? ばらすの?」
「ばらすわけないじゃん」
「じゃあ何が目的?」
「別に。何となくリンちゃんとは仲良くなれそうな気がした」
そう言われても、私は言葉が出ず、うつむいたままだった。
すると、カオルが先に口を開いた。
「なんでみんなに黙ってんの? 黙ってるから男子が寄ってくるんでしょ。断るより『私女子が好きなんで』って言えばいいじゃない」
「そんな簡単な話じゃないんだよ。言わないんじゃなくて、言えないの。カオルちゃんには分かんないよ」
何も知らない癖に。
私は怒りと恥ずかしさでいてもいられなくなって、逃げるようにそこから去った。
私は恋愛をすることすら認められないの?
ある日のこと。
「リン、あのさ、新歓のときにいたリク先輩覚えてる?」
「ああ、あのイケメンの人?」
「そうそう! そのリク先輩が、リンとデートしたいんだって!」
「ごめん、断っといて」
「なんでよ〜いいじゃん、優しそうだったし、面白いし!てか、絶対行かせますって言っちゃったもん」
「もう言ったの!?」
「うん!」
「……」
こうして仕方なく、私は決して恋愛に発展することのないであろう先輩とデートに行くことになった。
「あ、リンちゃんおはよ!」
「おはようございます」
「タメ口で大丈夫だよ」
リクは爽やか青年といった感じで、とても好印象だった。
話も面白いし、気も使える。もし自分の恋愛対象が男性だったら、すぐ恋に落ちているだろう。
「あれ、リク先輩?」
リク先輩と歩いていると、後ろから女性が声をかけてきた。
「あ、やっぱりリク先輩だ!」
「おお、ミカじゃん!」
振り向くとそこには、どこかで見たことがあるような顔の女性が立っていた。
「こんなところで会えるなんて奇遇ですね! そちらの女性は?」
「ああ、リンちゃんだよ。ミカも見たことあるんじゃない? 同級生だし、学部も同じだろ」
だから見覚えがあったのか。
「初めまし……」
「リク先輩! 私ともデートしてくださいよ~」
少しの間談笑してから、リクが話を切り上げた。
「じゃあ俺たちもう行くから。リンちゃんいこっか」
「はい」
その時、ミカに睨まれた気がした。
「あのミカちゃんって子、先輩のこと好きなんじゃないですか?お似合いだと思いますけど…」
「そうかな? 気のせいじゃない?」
すると、先輩が急に足を止めた。
「俺は、リンちゃんが気になってるよ」
「……」
「新歓であったときからリンちゃんのこと気になってて、それで今日リンちゃんと二人で話してみてもっとリンちゃんのこと知りたくなった」
私は何と答えればいいかわからず、その場で黙ってしまった。
「あ、急にそんなこと言われても困るよね、ごめん! また考えといて!」
真剣な表情からいつもの明るい先輩らしい爽やかな笑顔で言ってくれた。
どうして、こんなにいい人を好きになれないんだろう。
私は、恋愛することすら認められない人間なの?
ミカの本当の姿「恋愛って、こんなに苦しいの」
「ねえ!」
急に大きな声で呼ばれて驚いた。
ハイヒールの音がだんだんと大きくなる。
そして、私の目の前にミカが現れた。
リク先輩に会った時のような、可愛らしい笑顔はそこにはなかった。
「私、ミカちゃんに何かしたかな?」
「わかんないの?」
「リク先輩のことなら、私は誘われて遊びに行っただけで……」
「何その言い方。頑張って振り向かせようとしてる私が馬鹿みたいじゃない。リク先輩のこと好きなの?」
「いや、別にそういうわけじゃ」
「じゃあ断ってよ」
私はミカの威圧感に押しつぶされそうで、ずっと下を向いていた。
「いいよね。何もしなくても男が寄ってくる人は。こっちはこんなに頑張ってるのに、振り向いてさえくれない」
ミカの声は、震えていた。
恐る恐る顔をあげると、彼女の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
ミカは強がっているだけで、中身は傷つきやすくてただ純粋に恋をしている女の子なんだ。
そんなミカの姿を見てうらやましい反面、胸が苦しくなった。
恋愛って苦しいものなんだ。
いままで、私だけが苦しいんだと思っていた。
普通の恋愛ができなくて、自由に人を好きになることすら許されない。
だから好きな人の話を楽しそうにする友達や、町中にいるカップルがうらやましかった。
私が同性愛者じゃなければ、ああやって楽しい恋愛ができたんだろうなって思っていた。
だけど、そんなことなかった。
ミカも、好きな人のことを楽しそうに話していた友達も、町中にいるカップルも、きっとどこかで苦しくて、つらい思いをしていた。
私がこんなにも人を好きになれるミカをうらやましく思っていたように、ミカもリク先輩が好いている私をうらやましく思っているのかもしれない。
ミカの姿をみて、初めて自分から明かしたいと思った。
『本当は、女の子が好きなの』
そう言おうとした時、ミカは後ろを向いて去っていった。
遠くで目をこするような動作をしていた。
「悲しいねえ」
「うわ! びっくりした!」
驚いて振り返るとそこにはカオルがいた。
「いつからいたの!?」
「結構最初の方(笑)。でも今の話、女の子が好きだからリク先輩のことそんな風には見てないよーって言えば済む話じゃなかったの?」
「だから、そう簡単な話じゃないの」
「なんでよ。今なんて誰が誰に恋しようが関係ないでしょ?LGBTについてだと高校のとき制服とかスカートとズボンと選べるようになってるとこも多いし」
「じゃあ聞くけど、制服が選べるようになって人の目は変わったの? 規則が変わったって実際生きづらいのには変わりはないよ」
そう。私たちが恐れているのは人にどう思われるのか。
社会が変わっていっても人が変わらなければ意味がないんだ。
「……そっか。はい、ハンカチ落ちてるよ」
「あれ、ミカのかな。今度渡しとく」
そういってカオルからハンカチを受け取った。
返すとき、ミカには秘密を打ち明けてみようかな。
しかし、このハンカチがあんなにも大きな出来事を引き起こすとは、この時の私は思いもしなかった。
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