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【佐藤晴美】Ray・E-girlsを同時に卒業。今まで語らなかった胸の内を赤裸々告白

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【佐藤晴美】Ray・E-girlsを同時に卒業。今まで語らなかった胸の内を赤裸々告白
何もわからないまま18才でモデルの世界に飛び込んでから、7年と半年。 25才になった今、活動の軸であったRayモデルとE-girlsを手放し、また新しいステージに羽ばたこうとしている彼女にラストインタビュー。現在の胸の内を語ってもらいました。
Voice 1

モデルのはじまりは思いがけず飛び込んできた

ー初登場の誌面。麦わら帽子をかぶった18才の自分を見て、「あどけなさすぎるね」と照れ笑い。改めてモデルとしてスタートした当時を振り返る。

最初、モデルの仕事は〝やれたら、いつかやりたいな〟と夢を見ていたけれど、あくまでも〝いつか〟の話でした。でも、思いがけないタイミングで専属モデルとしてRayとご縁があって、うれしい出来事が急に訪れた...って感じ(笑)。

だからといって戸惑っている暇も余裕もなくて、とにかく撮影当日までに可愛く写れるように頑張らなきゃと気持ちを切り替えたのを覚えています。そして、麦わら帽子をかぶった写真が掲載されたわけです。初めての撮影のことはよく覚えていて、前日は眠れないくらい緊張したのに、撮影はすごく楽しかったんです。カメラは(倉本)ゴリさんだったんですけど、キャラが強烈すぎて『雑誌のカメラマンさんってすごい!わぉ!』ってびっくり(笑)。ゴリさんはいい表情を撮るために、『いいよ、いいよ!』とたくさん盛り上げてくださって、モデルさんはこんな雰囲気の中でお仕事をするんだなって衝撃を受けつつ、改めてモデルとしてやっていく覚悟が決まりました。


初めてのことだらけだったけど、ちゃんと楽しめていたし、当時から〝欲〟も実はあったかも。欲というのは、自分の特集を組んでもらったり、いつかは表紙をやらせてもらえたらいいなとか。衣装を自分が着ることによってどう見えているのか、どう見せたいのかを客観的に考えていました。手探りではあったけれど、カジュアル担当として甘々ではないちょっとヘルシーな路線を任せてもらえるようになってから、この色で戦っていこうと目の前が開けたんです。

フリンジニット24,000円+税/ジャッキー(ジャック・オブ・オール・トレーズ) サテンパンツ47,000円+税/マサコテラニシ(アプレドゥマン)ピアス14,000円+税/somnium

Voice 2

Rayモデルはやっとつかんだチケット

ー改めて過去の紙面を見て驚かされるのは、彼女があか抜けていった驚くべき速度。モデルとしての急成長に触れたとき...。いつもの天真爛漫な笑顔から一転、こらえきれず涙を流す瞬間が訪れた。今まで一度だって言葉にしてこなかった当時の感情が押し寄せていた。

同時期に専属モデルデビューをした同じグループのメンバーが何人かいました。そのコたちは、まわりから注目も期待もされていて専属モデルにされることも納得なんですね。私はそうじゃないっ.肌で感じながら、そこに加わって一緒にスタートを切るのはうれしい半面プレッシャーもありました。いけないとはわかっているけどみんなと比べてしまうことも。すぐにメインとして活躍する姿を目の当たりにしたり、表紙を任せてもらえるのもみんなの方がずっと早かったし、私も自分なりに頑張ってはいるけどモデルとして私じゃ足りないのかなとマイナスに考えてしまう苦しい時期もあって...。

自分がRayにいる意味みたいなものを深刻に考え込んだこともありました。ただ自分で責任を持って頑張らないと、せっかくもらったRayというチャンスさえ逃してしまう。みんなに追いついて、超えていける可能性があるチケットをせっかくつかめたから手放したくなかった。

だから心がくじけることがあっても、『絶対やってやるぞ!』とまたスイッチを入れられたんです。メンバーの背中を追いかけるかたちでスタートしたモデル人生は劣等感との戦い。「ずっとこの気持ちを言えなかったんだ」と少しスッキリした顔で涙を拭う。
 

ーまた、Rayだけではなく違ったジャンルのファッション誌にも果敢に挑んでいった理由をこう語る。

私はグループの中にいたり、誰かと比べられるのではなくて、自分のやりたいことを貫いたり、こうありたいとめざす道にこそ自分のよさを出せると思ったんですね。いろんなジャンルをこなせるようになることで、他のみんなにはない何かをつかもうとしていた気がします。赤文字だけにいるとみんなと条件は同じ。条件が同じだとやっぱりその中だけで比べられてしまう。その枠から飛び出せば比較対象にはならないはずと考えた末に選んだ道だったんです。

自分で作品撮りしたブックを持っていろんな出版社に顔を出したり、雑誌の編集者さんに会えるかわからないままアパレルの展示会に行ったり...やりたいように努力を押し売りしていました(笑)。

Voice 3

ホームがあったから外の世界にも踏み出せた

ー思いをカタチにするために、そして結果を残すために試行錯誤した日々。

ー歩外の世界に出てみると輝いている個性がたくさんあって、私はすごく狭い世界で戦っていた事実にも直面したんです。Rayのスタッフさんが誌面を見るごとに私が変わってると言ってくださるのは、Rayと接してない時間の中ですごい戦って帰ってきてるから。だから戻ってきたときに進化している現象が起きていたのかもしれないですね。それを写真から感じとってもらえていたことがとてもうれしかった。努力がちゃんと実を結んでいたんだなって思えたし、伝わっていたことが何よりうれしいです。結果を残すことを常に意識してモデル活動をしてきたから余計に。

私、自分のことをモデルですって言えるようになったのは2年前くらいなんです。他の媒体を経験したからこそ自分のことがよくわかるようになったし、漠然とだけど長所もわかってきたというか。その分課題も増えていくのですが、一段上れば新しい課題に直面するのは当たり前のこと。焦らずに向き合っていきたいです。

ー現在のモデル・佐藤晴美としての活躍に説明は不要。だけどはるお自身はとてもシビアな目線を持って自分の立ち位置をとらえている。

今は、E-girlsをやりながらモデルをやっているコだよねと世間には認識されていると思うんですよね。アーティストとモデルの両軸で活動していても、優先されるのはアーティストとしての私。卒業後、ただの佐藤晴美がモデルとして認知されたときにまた改めてひとつ大きな自信が持てるんだろうなって。とはいえまだまだモデルとしては知られてないのが現実だと思っています。

ここ最近になって、雑誌やSNSを通して、食のこと、ファッションのことなどを意識的に発信する中で、作り手の方たち、つまり編集さんやヘア&メイクさん、プレスの方々にモデルとしての自分が届き始めている実感があります。視聴者や読者さんなどの受け手側の人に届くのはもう少し先。心を途切れさせず発信を続けていきたいです

Voice 4

ここで終わりじゃない。この続きも見守ってほしい!

ーインタビューの締めくくりは卒業への率直な気持ち。泣いたり笑ったりしたRayの振り返りとは打って変わって、未来をまっすぐ見すえる大人になったはるおの姿がありました。

今、感謝の気持ちがすごく大きいです。E-girlsは芸能界という世界に入った瞬間からすべてといえる場所であり、私がこの世界にいる意味でした。必死で駆け抜けたし、いろんな夢が叶った場所でもあります。E-girlsの解散を決めたとき、寂しいっていう声がたくさん届いて、応援してくださった人たちの存在の大きさを痛感しました。でも、私たちは未来を見ています。それぞれの活動になったとしても、自分の未来についてきてもらえるように、寂しい思いをさせないように、2021年からもしっかり発信していきたいし、みんなに喜んでもらえることを常に考えながら活動していきます。

ここで終わりではなくて、まだまだ続いていくから安心してほしいなって。Rayはモデルとして何もわからない私をイチから育ててくれた、やさしさと厳しさにあふれるホームでした。外の世界に一歩踏み出す勇気が持てたのも、のびのびといろんなことにチャレンジできたのも安心して帰れる場所があったから。私をずっと見守ってくれて、こうして最後に卒業というかたちで温かく送り出してくれてありがとうございます。もっともっと成長して、またいつかご一緒できるように頑張りたい! E-girlsで頑張っている時間、Rayで頑張っている時間。ときには2つの時間が交差して、相乗効果が生まれて、Rayを通してE-girlsを知らない人に触れられる機会もたくさんいただけました。振り返ってみるとRayとの思いがけない縁がきっかけで、私の人生が一気に変わりだしたんですね。

モデルという切り札がなかったら個人活動の部分でこんなにエンジンがかかることもなかったと思う。10代の頃は今の自分がこうなっているなんて全然想像がつかなかった。もしパフォーマーひとすじだったとしたら...今頃は海外留学して毎日、踊り明かしていそうです。いずれにしても、どんな道でもがむしゃらだったと思います。なんでも頑張りたい性格だから(笑)。これから1人になっても培ってきた経験は消えません


人との出会いもそうだし、仕事に対するあきら めない気持ちとかもそう。私の中にこの先もずっと息づいていくし、心を温め続けてくれると信じています。不安がないと言うと嘘になるけど、ワクワクのほうが大きいんです。今までよりちょっとだけ自分を大切にしながら過ごしていけたらいいなって。E-girlsに加入したのが16才で、Rayモデルになったのが18才。気がつけば私も25才になりました。人間の寿命でいえばまだ1/3とか1/4くらいしか生きてないですけど、たくさん悩んだし、体力も使ったし、青春のすべてを捧げてきました。

2つの卒業を迎えた今、自分の生き方と向き合うタイミングでもあると思っているので、自分の足で立てるような人でありたいです。

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最後の最後まで穏やかな表情。卒業は新しい何かを手に入れるための 前向きな選択であると、 はるおの笑顔が物語っていました。

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