自分の人生を捧げられると本気で思えた♡【櫻井優衣】“FRUITS ZIPPER加入前”の意外な過去とは...?

アイドルとして次々と自分の夢を叶えているRay㋲・櫻井優衣。そんな彼女の心を突き動かすものとは...?今回は、FRUIT ZIPPER加入前の意外な過去から、メンバーになるまでの“10年間”をフカボリします。FRUIT ZIPPERのメンバーになるきっかけに注目♡
アイドル・櫻井優衣のサクセスロングインタビュー
グループでの東京ドーム公演、ソロライブの成功 etc.
アイドルとして次々と自分の夢を叶えている櫻井優衣。その心を突き動かすものとは……?
過去を振り返りながら、たっぷりと語ってもらいました。
遠回りはしたけれど、なにひとつムダなことはなかった私の道
FRUITS ZIPPERに加入する前に、一度アイドルをやめていますよね?
「そうなんです。私はステージやメディアで歌って、踊って、その姿を見てもらうことでファンの方に元気になってもらえるアイドルに憧れていたんです。それこそ愛理さんのような。
でも20才のとき、自分の理想のアイドルになるのはこのままでは難しいなと思ったり、人間関係にも疲れたりして、今やっているアイドル業は私には向いていないと考えてスパッとやめたんです。
それで一般のお仕事をし始めたんですけど、私のがんばりを見てくれていたお仕事の関係者の方に会ったときに『LDHのオーディションがあるから受けてみない?』と声をかけてもらったんです。
ステージにかける熱量はまだあったし、歌い方やダンスをもっと研究して教わりたいという思いもあった。
それに、アーティストなら私の目標とはズレていないから、もしかしたらあっているのかもしれないと考えて飛び込んでみることにしたんです。
オーディションを受けに行ったら、まわりはバリバリのダンサーさんばかりで、歌もダンスもいちばん私ができていなかったんですけど、まさかの合格で……」
それは初耳!優衣ちゃんがLDHのレッスンを受けていたなんて!
「ビックリですよね(笑)。一緒にグループをやる予定だった先輩方は声優さんだったので、歌がすごく上手で!
プロの声を間近で感じたし、レコーディングのやり方や求められるものもアイドルとは全然違ったので、新しい世界を体感できてすごく楽しかったです。
ダンスも初めてのヒップホップで、初級コースに入ったんですけど、LDHの初級はもはやプロでしかなくて……私ひとりだけ、棒立ち状態でした。
でもコロナ禍にぶつかったり、声優の方とのスケジュールが全然あわなかったりして結局グループは解散。
せっかくメイクもカッコいい感じに変えて、気持ちはヒップホッパーだったのに宙ぶらりん状態になっちゃって……。
とりあえずほかにオーディションもなかったし、動くこともできないから、またバイトをしたり、アイドルの友だちのライブを見に行ったりしていました」
そこからどんな流れでFRUITS ZIPPERに?
「友だちのライブを見に行っているとき、昔から知りあいの方に『最近なにしてるの?』と聞かれたので『なにもしてません』と言ったら『お、じゃあ決まり!!』って突然(笑)。
『アイドルやらない?』と言われたときは一度断ったんですけど『1回だけレッスンに来て』と言われて、私もヒマだったし、レッスンは好きだからいいかと思って行ったら、今のメンバーたちがいて。
みんな本当にいいコたちで『このコたちと一緒にアイドルをやれるなら、私の全部捨ててもいい!』と思えたんです。
グループ活動をやるうえで大事なことって、グループのためにどれだけ自分を捧げられるのかってことだと思うんですよね。
これはいろんなグループ活動をやってきたからこそ気づけたことなんですけど『このコたちのためなら自分の人生を削れるし、捧げられる』と本気で思えた、それがFRUITS ZIPPERなんです」

FRUITS ZIPPERに出会えた今の優衣ちゃんが、過去の優衣ちゃんにかけてあげたい言葉は?
「いろいろあるんですけど、ひとことで言えるのは『そのままでいいよ』ですかね。
変に気を張っちゃったり、臆病になって性格が変わったり、人間不信になったり……たくさんのことがあったけど『そのままがんばっていたら、ちゃんといい人たちに出会えて、自分を幸せにしてもらえる人生になるから、そのままでいいよ!』と声をかけてあげたいです」
最後に、夢を叶えるために欠かせないことを3つあげるとしたら?
「まずはあきらめないこと、そして人のよさに気づくこと、最後に『ありがとうございます』っていろんなことに対してちゃんと思えること。この3つだと思います!」
撮影/菊地史(impress+)スタイリング/伊藤ミカ ヘア&メイク/アサダマユコ モデル/櫻井優衣(本誌専属)取材・文/アンドウヨーコ
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