「私、Mなんです」そんなこと言っている場合じゃない!怖すぎる“俺様系男子”の真実
「いつか私もイケメンに壁ドンされたい…」
「私は顎クイからのキスがいい!」
そうやって妄想を膨らませ、友達とケラケラ笑い合った。高校生の頃の話だ。
漫画やドラマの俺様男子はいつだって、ヒロインを守ってくれるヒーローだったもん。こんな平均的な男子たちとの平凡な恋愛じゃなくて、もっとキラキラとした恋愛をする日が、きっといつか私にも訪れる。
そうやってあの頃は誰もが夢を見ていた。
俺様男子に憧れて〜出会い編
大学生になった私は飲食店でアルバイトを始めた。
お洒落なキラキラした場所で働いてみたい。こんな野望は、誰もが通る道のように思う。もちろん、キラキラした場所にはキラキラした人がいて、キラキラした恋愛ができるに違いないと、キラキラの芋蔓を考えた私の下心もしっかりとあった。
そして私はその下心を叶え、理想オブザ理想ともいえる人と巡り会う。
私がアルバイトを始めてから数ヶ月後、新人が入ってきた。
新人といっても彼はひとつ年上で、中性的な顔立ちで容姿端麗。仕事の覚えが早く、とても気が利いた。当時の私からすると、彼のほうが入ってきたのが後とはいえ、近づき難く、まさにキラキラして見えた。
そしてその日の帰り道、たまたま近くにいた彼に、まだ緊張しているであろう彼に、下心を持って自ら話しかけてみた。
「おうちはここから近いんですか?」
「………」
一向に返事が返ってこない。しばらく返事を待つ。
そして私はやっと気がついた。
無視された。
下心は見事に粉砕。話しかけたのに堂々と無視されるという初めての経験をした。いくらイケメンだからといって、私を無視するような男は許せない。
二度と話しかけるのはやめよう。
そっと彼から物理的な距離とともに心理的な距離も取ることを決意した。
しかし、意に反して彼と急激に仲良くなる日が訪れることになる。
その日もいつものようにみんなで帰宅していた。
タバコを吸う組と吸わない組になんとなく別れ、喫煙所でタバコを吸っているみんなを、吸わない組は待っている。私は非喫煙者だが、喫煙組と仲が良かったので喫煙所に一緒に行くことが多かった。
そこで私は、彼が珍しいタバコを吸っていることに気づく。『Blackstone』というタバコだった。
「なんか甘くていい匂いだね~」
無意識に言葉が出てくる。気がついたときにはもう遅い。
あ、話しかけてしまった!
私は猛烈に後悔したが、なんと、彼は黙って、その吸っているタバコを差し出してきた。
「舐めてみれば?」
是非とも好きな俳優で想像、いや妄想してみてほしい。無視からの急接近。目を少し細めて見つめる綺麗な瞳。
飲み物の間接キスならまだしも、タバコって……タバコってなんかエロくない?
そんな興奮と動揺しているのが伝わらないよう、私は努めて自然にタバコを口に運んだ。
「グェッホッッツゲッ」
甘い香りに反して苦い。つまり普通のタバコの味だった。かわいい女子とはかけ離れた反応を披露する羽目になってしまった。
どうせ冷ややかな目で私を見るんだろうな。
そう思って彼を見ると、想像に反してケラケラと笑っていた。少年のようなくしゃっとした笑顔で。もう一度、好きな俳優で想像してみてほしい。無視からの、上から目線からの、最上級の笑顔のイケメンを。
こんなにかわいい顔で無邪気に笑うんだ……。そのギャップに私は簡単に射抜かれた。そして気がついた。
これは………これはまさに、あの時夢見た「俺様男子」だ!!!
もしかしたら夢が叶うかもしれない。たいていの漫画のヒーローだって、マイナスの印象から始まるじゃない。無視されたというマイナスな印象は、プラマイゼロ、むしろプラスになっていた。
そしてその日から、彼は私にしょっちゅう絡んでくるようになり、猛スピードで打ち明けていった。クールなように見えて実はユーモアがあり、冗談を言って笑わせてきた。徐々に彼のことを目で追ってしまうようになっていた私はあることに気がつく。
彼は私個人を嫌っていたわけではなく、女子全般と話していなかった。
まさに、少女漫画でなぜか自分だけ特別扱いを受けて、なぜかイケメン達からモテモテのヒロインになった気分だった。
そしてごく自然な流れで付き合うことに。
しかし、付き合ってからが本当の「俺様男子」の真実を目の当たりにすることになる……。
俺様男子に憧れて〜俺様の真実
憧れのイケメンからの顎クイ、壁ドンからのキス。私はその夢を叶え、その全てにときめき、喜んだ。特にタバコを吸うときに細める憂げな目が大好きだった。
そう、最初の頃は……。
彼は今まで出会った中で一番と言っていいほどのナルシストだった。事実、彼は芸能事務所からスカウトされるほど、自他共に認めるイケメンだった。
そして彼はその顔面を駆使した。
「駆使する」
そう。この言葉がまさにぴったりだった。全ての動作と仕草において「かっこいいだろう」というテロップが見え隠れした。私を喜ばせたいのではない、勝手に一人で気持ちよくなっているようなものだった。二人で盛り上がるはずの恋愛が、彼一人で盛り上がっていった。
そして「俺様」の中では自分中心に世界が回り、全て「俺様」のために動くものだと信じて疑わなかった。基本、急に電話がかかってきて、こちらの都合はお構いなしに私は呼び出される。
「明日朝早いんだ~。だから、今寝ておいて深夜から起きてることにする。0時くらいに起こしに来て」
0時前に家から出てこいというのだろうか。仕方ないから、私はのこのこと電車に乗って彼の家に向った。
家の近くのファミレスで本を読みながら時間を潰し、0時前になって起こしに行く。そして私はお風呂に入って眠る。
これはただの召使いではないだろうか。
セックスは向こうの気分によって押し倒すようにはじまった。レストランに行ってもレディファーストはなし。自らズカズカとお店に足を踏み入れていき、女は3歩下がってそれに着いていくのが良しとされた。
そして一緒にお風呂に入っている時にまでタバコを吸った。
「タバコ吸うときの目が好き」
確かに私はそう言った。しかし、一緒にお風呂に入っている時までタバコを吸ってくれと頼んだ覚えはない。窓のないお風呂にタバコの煙があがり、彼は例の目線をよこしてドヤ顔をする。
ドヤ顔されても……。
私はゆっくりとゆっくりと、真実の目で現実を捉えられるようになる。
決定的瞬間は、自撮り写真が送られてきた時だった。カラーサングラスをかけて憂げな目でキメている写真。舌を出している写真。ウインクしている写真。写真が送られてくるたびに私のあんなに高まっていた熱は、急に冷水をかけられたかの如く冷めていった。
ヒロインでいられた漫画の世界から外へ出ていかなければならない。そう悟った私は、突然「別れよう」そう思い立ち、別れを告げた。
俺様男子に憧れて〜俺様の本当の姿
別れを告げた日。
「俺、人間を愛せないんだ…」
可愛いのは自分と愛犬。彼女は二の次にしかできないということらしい。彼の頬には綺麗な涙の筋がいくつも流れていた。
いつも俺様風を吹かせていた彼が、ちっぽけに見えた。
今なら分かる。彼は精神年齢が幼かった。格好つけることで自分のプライドを守っていた。誰かを喜ばせるより自分を喜ばせてくれる人を求めていた。
そんな彼と付き合えるのは、俺様に憧れを抱き理想を押し付けてしまうような幼い少女ではなく、「俺様ごっこしてて可愛いなあ」と見守れる度量のあるお姉様だろう。
こうして私は、俺様男子と付き合うことでジェントルマンこそ至高だという結論を導き出した。器の大きいお姉様には、未だになれそうにない。
今となっては俺様に憧れていたことをとても懐かしく思うが、テレビ、漫画、映画の影響で女子は俺様的な振る舞いをされて喜ぶ、と思っている男子も実際多いのだろう。もちろん私もそんな俺様男子に憧れていたので、磁石のS極とN極が自然とくっつくように、俺様男子と俺様憧れ女子が結びついたのだった。
自分にとって幸せな恋愛がどういう恋愛なのか、きちんと見極めておかないとこのように振り回されてしまうことになる。
「それは、例が極端すぎるよ!」というツッコミは勘弁していただきたい。
なんせまだ、20歳だったのだから。
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